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今年も蓮如上人御忌(れんにょしょうにんぎょき)の季節がやって参りました。
午後からは正信偈の会もあります。どうぞお参りくださいませ。

蓮如上人御忌
日時 2018年 04月 25日 (水) 10時 00分
午前10時から勤行
午前10時30分ころから法話
午前12時まで その後、おときです。
お志でお参りください。

講題「慈悲に聖道浄土のかわりめあり―浄土真宗の智慧と慈悲」
講師からのメッセージ「仏教は智慧と慈悲の教えと言われます。その智慧と慈悲を親鸞聖人は「南無阿弥陀仏」の救いにどう見出されたのかを、一緒に問い尋ねてみませんか?」

午後1時30分からは 正信偈の会です。
今月は特別講師として瓜生崇さんにお話いただきます。
3時30分終了予定です。参加費500円です。
講師 瓜生崇 師
主催 常福寺 (真宗大谷派)
会場 常福寺
石川県七尾市相生町91番地

今年もいよいよ報恩講の季節がやってきました。
常福寺の報恩講は、今年もみんなでつくりあげる同朋唱和のおつとめでの報恩講です。
老若男女僧俗共に調声(一句目の発声)を順番にくりひろげます。
法話の講師は兵庫県篠山市から長田浩昭師をお迎えし、『御絵伝』の絵解き法話をプロジェクターをつかってしていただきます。楽しみです!
さあ、報恩講に一緒にであいましょう。

常福寺 報恩講の御案内
  10月28日(土)午後二時から四時半頃
   正信偈のお勤め、帰敬式法話・絵解き法話(1時間)、御伝鈔拝読
  10月29日(日)午前十時から十二時半頃 
   正信偈のお勤め他、絵解き法話(1時間半)
          29日は、おときがあります。
        法話:長田 浩昭師(兵庫県篠山市法伝寺住職)
お志でお参りください。

今月の「正信偈の会」は日程を変更して12月26日(月)午後2時から4時です。参加費は500円です。どなたでもご参加いただけます。お待ちしています。

12月28日(水)午後7時から常福寺庫裏にて親鸞教室を始めます。どなたでも参加できます。お待ちしてます。『真宗聖典』をお持ちの方はご持参ください。持ってない人はお貸しします。

11377317_657165374383728_8768605975117122909_n奉仕上山(写真上)
 昨年五月に二泊三日の日程で奉仕上山しました。坂口責任役員をはじめ、皆さんそろって「おかみそり」をお受けになり法名をいただかれました。親鸞さんのお墓をはじめ、御旧跡巡りも楽しみました。

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春の祠堂経会(写真上)
 昨年の年間行事のうち祠堂経会の写真だけご紹介します。春の祠堂経会は、旧西佛寺の祠堂経会を引き継いでのご法要です。昨年は加賀市光闡坊住持佐野明弘師にベトナム帰還兵アレン・ネルソンさんとの出会いと死別の中でいただかれた平和の祈りをお話いただきました。
祠堂経会のお花(写真下)です。矢田町の坂井さんからいただいた蓮の花をたくさん生けてみました。とても好評でした。
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秋の祠堂経会(写真上)
 秋の祠堂経会では、滋賀県から瓜生崇師に来ていただきました。救いにならないことを救いとして流転し続け生きている私たちのすがた、そして、そんな私たちを救う念仏の信心をお話いただきました。

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住職修習(写真上)
 昨年九月末に本田和喜総代・北野曽登吉総代とご一緒に本山での住職修習に参加してきました。厳しい日程の中、住職・総代としての学び・誓いをし、住職に任命されました。身も心も引き締まる思いでした。親鸞聖人の前で記念撮影。

今年の秋の祠堂経会最初の三日間はかほく市浄専寺さんのご住職平野喜之さんにお話いただきます。
今回の講題は、平野さんが関わり続けている元オウム真理教の井上嘉浩さんとの出あいの中で課題となってきたことです。私自身、平野さんにご紹介いただいて、死刑が確定するまでのわずかの間でしたが、「信仰の主観性」を超えることを課題に井上さんと対話していました。彼だけの問題ではなく、私自身の課題として。

3日間とも午後2時から読経が始まります。どなたでもお参りいただけますので、どうぞご聴聞にいらしてくださいませ。
16日は、同じテーマで、加賀市上宮寺さんの山本龍昇さんにお話いただきます。

日時 2014年 09月 13日 (土) から16日(火)14時 00分
行事説明 午後ニ時から読経・正信偈同朋奉賛後法話二席

講題「信仰の主観性」を超えるという課題

平野喜之さん(13日から15日)からのメッセージ

執着を離れることが、仏教の課題です。ところが、その歩みの中で、出遇った先生、出遇った教え、得た体験に「これこそ本物、あとは偽物」と執着してしまうということが起こってきます。これが信仰の落とし穴であることをハッキリ自覚し、超えていこうというのが、お念仏の教えではないでしょうか。このことを皆さんと確かめることが出来れば、と思います。

いよいよ親鸞聖人の七百五十回御遠忌の年を迎えました。

今こそ一人ひとり、それぞれの身を生きて死んでいくことのか

けがえのなさを親鸞聖人のお念仏のみ教え、「ただ念仏すべし」の教えに聞いていく年にしたいものです。

今年は常福寺本堂再建の年でもあります。

私たち一人ひとりの境遇(出会ってきたもの、感じてきたもの)を通して仏法聴聞し、そして互いに確かめ合いながら、必ず生老病死するこの身をいただいていく大切な聞法道場を建立する出発の年です。

「悩みながら、今を生きる力 浄土真宗」

思い通りになっていかない人生が駄目な人生というのでは、私たちは生きていくことも死んでいくこともできません。

浄土真宗は、過去の結果である現在を、今の時を回復させる力です。

思い通り救われることをよしとするのでもなく、思い通りにならないことをよしとするのでもない。よしあしではなく、どのような現実が目の前に開かれていても、その現実を共に開いている「我ら」として生きるのです。

私たちが抱えているどのような苦しみも悩みも個人だけに帰するものはありません。「いのちはみんなつながっている」と言う時、見落とされがちですが、私たちはつながりを生きているがゆえに苦悩します。出会う縁によってその大きさはさまざまですが、人間として生きているからには、私と無関係な苦悩などないのです。

今年も自殺者が三万人を超えました。その現実と自殺しなかった私は無関係ではないと言われても当惑するだけかもしれません。それでも、「私は大丈夫だから」とか「自殺する人はそういう人なんだ」というような「わかった者」になるのではなく、縁によって誰にでも起こることとして、目の前につきつけられた現実と悩みながら向き合い、それぞれが担っていけるだけの課題を担い合いながら生きていきたいものです。

人間の悩みは、心の持ち方や気晴らしで消えるようなものではありません。むしろ、悩みを無いものにすることをよしとすることが、人間から生きる力を奪っているように思えてなりません。苦悩する人間を人間のあるべきすがたでないとしてしまっては、人間が人間として生きて死んでいくことができなくなってしまうのです。

「悩みながら、今を生きる力 浄土真宗。」

ただ念仏すべしとの教えの中からいただいている言葉です。身を煩わせ、心を悩まし生きる者として、人間としてこの生老病死する一生を生ききっていきたいのです。

長くなりましたが、

浄土真宗は、今を生きる力を育む無量なるいのちと光の流れ、

ただ念仏すべしという教えです。

ただご一緒に念仏申していきましょう。

本年もどうぞよろしくお願いします。 合掌   釈 顕浄


ご挨拶

管理人の釈 顕浄です。常福寺の副住職をしています。

このたび常福寺のウェブサイトを始めることにしました。
至らないところばかりですが、一歩一歩あゆんでいきますので、
お手柔らかによろしくお願いします。